追憶──野平先生との日々 IV

  • 2021-03-23
  • 2021-03-24
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「ベートーヴェンの記憶」を拝聴しながら、私はふと、とあるレッスンの日のことを思い出していた。その頃、野平先生は何かのコンクールためのヴィオラ独奏の課題曲を先生が作曲されていて、その日のレッスンではその作品について「年月が経ってしまったものを、現代のために構築し直す作業」と仰っていた。
先生の作品には、過去の作品から着想を得られて書かれたものが多く存在するが、それはあくまでただの「素材の一つ」として用いられるだけなのだろう。
もちろん、過去に生まれた曲の一部を「引用」されている作品もある。例えば、(私の記憶が正しければ)クラリネットとピアノのための二重奏曲"Si-Mi"の終盤にもバッハのコラールの一節の引用が施されている。しかし、着想の中心と引用された音楽が必ずしも一致しているわけではない("Si-Mi"はピュイグ=ロジェ先生の追悼のために書かれた作品であり、その追悼の意を表すための一つの手段、あるいは挿入句であったと記憶している。)──少なくとも"ベートーヴェンの記憶"に関してのみ言及するならば、曲中全体を通してベートーヴェンの作品の断片が配置されているが、"着想の核(結び目)"として曲の断片の引用が配置されているのだと捉えて果たして良いのだろうか?ということだ。
因みに、私一個人として勝手なことを述べることが許されるのならば、ベートーヴェンの作品の断片はあくまで(着想から派生した)素材の一つでしかなく、それらの全てが何かしらの必然性をもって、先生の手によって一つの「結び目」に繋がれ、言葉なき言葉として再編されているような、そんな印象を勝手に受けた。
また、先生は過去の作品を「長く長く紡がれてきた、今もなお生き続ける歴史の中の一部」として多面的に捉えられているのであろう、そして先生の作品の根底には音楽に対する深い「hommage」が流れているのだろう…ということも、勝手に感じていた。
ヴェロニク・ピュシャラ著「ブーレーズ ありのままの声で」より。ブーレーズはテキストと音楽の関係性について「中心かつ不在」という言葉を用いているが、私は先生の作品の構成からそれを感じた。
また、奏楽堂に鳴り響く音の遠近感に身を委ねながら、ぼんやり「会場によっても、さらには同じ会場でも座っている場所によっても全く違った聴こえ方をする作品なのだろう。」と身をもって感じた時、同時に「ある意味では、野平先生の手法によるチャンスオペレーション作品…ともいえるのだろうか……?」とも思ったが、すぐさま「そもそもチャンスオペレーションはあまりにもありふれたものなのかもしれない」と考えを改めた。
チャンスオペレーションとは
アメリカの作曲家であるJ.ケージが1951年に発表した作品"易の音楽"によって、この手法は確立されたとされる。"易の音楽"の具体的な手法は、音高や強弱・リズム、速度等をコイントス あるいは8×8のチャート(易占いで使用される)を用いて決定するというもの。つまり、作曲者によって作曲された部分(確定された部分)が、偶然性を用いた手法(不確定な部分)によってその場その場でつなぎ合わされ、一つの作品として構成される。
その後もJ.ケージと、一部の音楽家たちはさまざまな方法を用いてこの手法を模索するが、それらは「偶然性の音楽(不確定性の音楽)」へと繋がっていく。
というのも、会場によって、また聴く場所によって響きの聴こえ方が変わる、あるいは奏者が変われば当然紡がれる音楽が違う、なんていうことは普段私たちは意識さえしないほどに当たり前のことであるが、それは決して避けることのできない「不確定性」の部分であるともいえる。"灯台下暗し"という言葉があるが、もしかすると誰もが意識さえしなかった当たり前の「不確定性」を、万人が認識できる突飛な方法を用いて明るくしただけで、発想そのものは必ずしも突飛なものである、とは言い切れないのかもしれない。
※ただ思い巡らせただけなので、根拠はありません。真相を知りたい方は、創始者のJ.ケージあたりに聞く…ことは残念ながら現在もう叶わないので、J.ケージに詳しい方、あるいは文献・論文等あたっていただいて、是非とも私に教えてください。読者の皆様、デマ拡散防止のためのご協力をお寄せください、何卒宜しくお願いいたします。※
記念演奏会終演後、野平先生と奥様、門下生とスタッフさんで撮った写真。コロナ禍における演奏会開催のための準備はさぞ大変だっただろうと推察いたします。関係者の皆様、お疲れ様でした。
作曲家にとっての1番の「師」は、結局は、きっと過去に残された作品の数々だ。文脈の誤読が新しい作品を生み、それをまた誰かが誤読して……それを繰り返すことで、時間をかけて少しずつ文化は刷新されていくのだろう。少なくとも、この記事に書いた内容の全ては私なりの「読み方」「感じ方」の一つというだけで、誤読しているところは少なからず絶対にあるはずだ。
野平先生の作品「ベートーヴェンの記憶」は、私に対して鮮烈に──今までの日々の中で最も痛烈に、私に語りかけてくださったような、出会いを与えてくださったような、そんな気がする。これから私が生み出すであろう作品に対して何かまた一つヒントを授けていただいたような。
今後、先生から直接の教えを請う機会が減ってしまっても、先生の作品が、あるいは胸に焼き付いている先生のお姿が、私のことを導いてくださるような、そんな気がしている。
私は生涯にわたって、野平先生を、野平先生の作品を「私の先生」とお慕い申し上げ続けるのだろう。
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